パワースポット・神社

神の降臨するサムハラ神社(究極のパワースポット関西編2)


こちらのブログサイトのテーマとは、”コーチング”や”マインドの使い方”に関するもののはずなのですが、この記事はそれらからは思いっきり逸脱します。

気功の(元)専門家としての立場で、記事を書きます。

たまにはそういう記事もあって、いいかと思います。

そして今日の内容は、岡山県津山市にある「サムハラ神社 奥の宮」に関するものです。

神の降臨する神社?!


過去に色々と神社をまわったり、巡ってまいりましたが、これほどまでに神を感じる、神に近い神社聖域を私は未だかつて見たことも聞いたこともありません。

この地はおそらく、日本一神に近く、神に出会える神社ではないかと思います。

文字通り、神に呼ばれないと行かれない神社であると感じます。

私は過去に何度か、情報空間における結界の作用や風水龍脈、気功的解釈に関する内容の記事を書いてきました。

すべてを理論と科学だけで語り尽くそうなどという傲慢な思いは毛頭ありませんが、それでも、科学的根拠や探求もそれなりの説得力と一定の効果・貢献はあるものと思い、理論と理屈を色々とこねてまいりました。

その主な記事は以下の2つです。

しかし、このサムハラ神社 奥の宮に関しては、それらはまったく通用しない次元だと心底痛感しました。

気功的に、風水的に、もしくは情報場的に「サムハラ神社はどうなの?」と聞かれても、私は全く答えられません。

本当に分からないのです。まったく理解不能です。浄化系とか封入系とか、結界や龍脈云々だとか、もはやそういった区分けや解釈は不可能な抽象次元に、この地は建てられています。

あきらかに、神の領域です。神の降臨する神社です。こんな世界観があるものとは、私は今まで全く知りませんでした。無知とはおそろしいものです。

”名”の持つ力

① ”名”とは力と役割


この地のこの崇高なエネルギーの源流が何なのか、私にはよく分かりません。

強いて言うのであれば、この地に祀られている神さま、「天之御中主神」(アメノミナカヌシ)さまの宿す力ということなのでしょうか。

しかし、天之御中主神さまが祀られている神社は、多くはないですが、ここだけではないはずです。

秩父神社もありますし、箱根神社の元宮も神がかった雰囲気は確かにありますが、このサムハラ神社 奥の宮はそれらとはまた一線を課す異次元空間に存在します。


仮説としてひとつ考えられるのは、「ネーミング」かと思います。「名づけ」のことです。

”サムハラ”という名前に、意味と役割と力が込められているのかもしれません。

名とは呪であり、召喚であり、縛りでもあるのです。名を与えられるということは事物の”特定”であり、縁起の発生であり、存在と意義と役割を与えられていることと同義です。

ですから昔の人は、名前を複雑にしたり隠していたのです。あるいは偽名を使ったのです。西洋人・西洋文化は特にそうです。相手に名前を知られてしまうと、それは存在を特定され、場合によっては呪術や魔術をかけられてしまうことを恐れたからです。

名を呼び出すと(読み上げると)、情報空間上でその対象と、対象の持つ役割にアクセスすることができます。これが言霊の本質的作用です。名とは特定です。

名をつけられたり、名を持つ、名を知るということは、力そのものだということです。

サムハラという言葉は、神の領域という異次元世界にアクセスする言霊であり、呪文のようなものです。(後述詳細)

② ”名”と陰陽師


陰陽師の安倍晴明は屈指の式神使いとして有名ですが、彼はどうやって式神を呼び起こし、役割を与え、命令していたのかというと、事物に名前を与えることによって人格と役割を与え、式神としていたのです。

式神とは、「命令や指示を忠実に実行する情報的存在、霊的存在」のことです。

眼に見えぬものがある。その眼に見えぬものさえ、名という呪で縛ることができる。

夢枕獏 著「陰陽師」

安倍晴明:「呪とはな、ようするに、ものを縛ることよ」

源博雅:「ーーーーー」

安倍晴明:「ものの根本的な在様(ありよう)を縛るというのは、名だぞ」

源博雅:「ーーーーー」

安倍晴明:「この世に名付けられぬものがあるとすれば、それは何ものでもないということだ。存在しないと言ってもよかろうな」

源博雅:「難しいことを言う」

安倍晴明:「たとえば、博雅というおぬしの名だ。おぬしもおれも同じ人だが、おぬしは博雅という呪を、おれは晴明という呪をかけられている人ということになるーー」

夢枕獏 著「陰陽師」


③ ”名”と魔術師


じつは、名づけや名の呼び出しというこれらの方法は、日本固有の陰陽師の特異技術というわけではありません。西洋にもちゃんと存在していて、それがカバラや魔術、秘密結社たちのお家芸だったのです。

式神や魔術の本質とは、「名づけによる事物や情報の擬人化・人格化」ということです。

魔術のカラクリとその解明について、一世を風靡した人物が過去に何人か存在します。

「イスラエル・リガルディ」と「エリファス・レヴィ」が有名です。彼らは秘密結社の使う秘術秘伝をことごとく公にさらした人たちです。

そして、技術の解明と賢伝において、世の中に大いなる貢献をしました。

まず最初の段階として、魔術ではそれらに人格を与え、実体の形態をもつものとして調査し、明確な名称と性質を与える。自分自身の心の内容物に人間的性格や名称を与えるのは精神の性質である。

イスラエル・リガルディー 著「柘榴の園」p226より引用

「魔王(サタン)」とはあらゆる罪業、あらゆる堕落、要するにあらゆる欠陥の擬人化である。

エリファス・レヴィ 著「高等魔術の教理と祭儀 祭儀篇」p171より引用

そして主なる神は野のすべての獣と、空のすべての鳥とを土で造り、人のところへ連れてきて、彼がそれにどんな名をつけるかを見られた。人がすべて生き物に与える名は、その名となるのであった。

旧約聖書 創世記 第2章19節

はじめに言葉があった
言葉は神と共にあった
言葉は神であった
この言葉ははじめに神と共にあった
すべてのものはこれによってできた
できたもののうち一つとしてこれによらないものはなかった
この言葉に命があった

新約聖書 ヨハネによる福音書 冒頭

④ ”名”と西洋哲学


哲学の世界でも、名づけに関する位置づけは大変重要な位置を占めます。

その筆頭に、哲学者「ソール・クリプキ」がいます。彼は「名づけによって必然性が生じる」と言います。

ソール・アーロン・クリプキ(哲学者・論理学者)

ある言葉があらゆる可能世界において同じ対象を指示するならば、それを固定指示子と呼ぼう。

そうでない場合は、非固定または偶発的指示子と呼ぼう。

もちろんわれわれは、対象がすべての可能世界に存在することは要求はしない。もしニクソンの両親が結婚しなかったとしたら、通常の成り行きでは、ニクソンは確かに存在しなかったかもしれない。

ある性質がある対象に本質的であると考える時、われわれは普通、その対象が存在したであろうどんな場合においてもその性質はその対象について真となる、と言っているのである。

必然的存在者を指す固定指示子は、強い意味で固定的と呼ぶことができる。この講義で私が主張しようとする直観的なテーゼの一つは、名前は固定指示子であるというものである。

(中略)

すなわち、直観的に言って、固有名は固定指示子である。

ソール・クリプキ 著「名指しと必然性」p54~56より引用要約

サムハラ神社とは?!

サムハラ神社由来

御祭神について

天之御中主大神(あめのみなかぬしのおおかみ)
高皇産霊大神(高御産巣日大神)(たかみむすびのおおかみ)
神皇産霊大神(神産巣日大神)(かみむすびのおおかみ)

万象の中心を表し座す神様と、有形無形のあらゆる物を生み、結び、調える力の源たる産霊(ムスヒ)の力を示す神様です。この三柱の神様を生育造化を御神徳として象徴する「造化三神」とお呼びしています。

サムハラについて

古来より災難消除、身体健固の護符として伝わる文字であり、江戸期には怪我をせぬ呪いの札や矢玉避けの護符として、近代には従軍兵士の弾除け守、また千人針などに縫い表して武運長久を願うなど字を書き、符を身に帯びる人を守護する符字として全国に伝わるものです。

当神社は現岡山県津山市に伝承された古祠(こし)の由緒を継承して、「サムハラ」字を、万象を生出する造化三神の創造・生命力の御神徳を戴くものと伝えて、厄事災難除、無傷安全無病息災、延命長寿など、命を生す願いを守護して下さる「サムハラ大神」としてお祀りしております。

当神社沿革

美作國東北條郡中原村(現津山市加茂町中原)日詰山山中の城郭址に古祠在り、「サムハラ」を伝えると謂われあるも年紀不詳、恐らくは中世の日詰城の城内に守護祠の在ったものかと推測される。歳月の中に古祠荒廃し、付近の住人の細々たる尊崇のみのうちに継がれる。

同地出生の当神社初代主管者、田中富三郎翁の往時より災難除・身体健固の加護に与りて日清・日露の戦役に助かり、常陸丸、鉄嶺丸に難を逃れ、しばしばの危難を避けて無事なるは、奉持したサムハラの護符の御蔭と畏んで、昭和九年に奉賛会たる信光会を催し、昭和十年に荒廃の古祠を再建する。大東亜戦争に至り、大阪師団司令部を通じて出征兵士に御守を贈呈、武運長久を願う。

戦後昭和二十一年、改めて中原・日詰山山中に社殿再建。次で昭和二十五年、当時の大阪市要人達の賛同を得て大阪中之島豊国神社(当時)の境内に岡山より分霊、中原の社殿は元宮・奥の宮と称する。

昭和三十六年、大阪市役所増築により、豊国神社大阪城内に奉還、当神社も西区立売堀に移築遷座する。

平成十七年、台風の為毀たれた岡山奥の宮を、加茂金比羅神社、地元有志の協力を得て加茂町中原九〇〇ー三の現在地に遷座する。

連絡先 大阪市西区立売堀二丁目五番二十六号
〇六ー六五三八ー二二五一

”サムハラ”という神の言葉


”サムハラ”という言葉についてわかる範囲でご紹介します。正しくは漢字四文字で書くのですが、常用漢字ではないため、画面上で表示・変換ができません。

この「サムハラ」という言葉が表すのは、上記の神社の由来にもあるように、この世における森羅万象を創造する「造化三神」(ぞうかさんしん)の御神徳を戴く総称のことで、この造化三神を「サムハラ大神」として祀っていると書かれています。

造化三神(サムハラ大神)
  •  天之御中主大神(あめのみなかぬしのおおかみ)

  •  高皇産霊大神(たかみむすびのおおかみ)

  •  神皇産霊大神(かみむすびのおおかみ)

”サムハラ”という言葉の語源は、サンスクリット語で「シャンバラ」という説があります。

サンスクリット語は、古代インドに伝わる文章語で、”神の世界の言葉”と比喩されることもありますが、大乗仏教経典やヒンドゥー教、ヴェーダにも登場します。

サンスクリット語で「シャンバラ」とは、”地底世界”を表す意味の言葉だそうで、要するに地球の中心を指しているらしいのです。


こうしてみてみると、サムハラ大神とは、この世の森羅万象、神々すらをも創造した、いわば”親神”にあたる存在で、宇宙の根源的存在・中心に位置する神だということが分かります。

サムハラ神社は、このサムハラ大神を祀っている世界で唯一の神社でもあるそうです。

天之御中主神さま


造化三神を構成する「天之御中主神(あめのみなかぬし)」さまというと、私が真っ先に思い出すのが、日本一の大富豪で知られる斎藤一人さんの言霊です。

斎藤一人さんは、神さまに知恵や知識を授けられ、導かれて成功をしたと公言しています。

そして、その神さまの名前が他ならぬ、「天之御中主神(あめのみなかぬし)」さまだということです。

「天之御中主神(あめのみなかぬし)さま、お助けください」というと、苦難や試練を乗り越えられると、一人(ひとり)さんは言います。

サムハラ神社奥の宮 境内

① サムハラ神社 奥の宮

② サムハラ神社 旧 奥の宮


”旧奥の宮”というのは、現在の奥の宮が移築される前に元々あった場所です。

サムハラ神社 奥の宮には、展望台がすぐ近くにあって、坂道を上がっていくと途中に、右側に下っていく分かれ道があります。そこを少し下ると、旧奥の宮があります。

個人的には、こちらの方にこそ、神の力が宿っているように感じます。運が良ければ、神さまが降臨する場に立ち会えるかもしれません。

最後に


前述したとおり、”サムハラ”という言葉や漢字には、この世の最も中心に位置する神さまや、その世界・情報場にアクセスする言霊の力が込められているようです。

以下の写真は、お守りになります。

私はこの写真をスマートフォンの背景に壁紙として設定していますが、凄まじいパワーとエネルギーを感じます。

よろしければ、お使いください。


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