生き方・心の在り方

お墓をピカピカにみがいてきました!!

はじめに


本当に暑い日がつづきますが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。

一段と、体調管理に心配りが必要な時期ですね。

ちなみに、私自身の体調管理はというと、じつは、本当に気をつけていることはひとつしかなくて、それは「食事」だけです。

ほかのことに関しては概ね、適当というか、いい塩梅(あんばい)にというか、それほど気に留めていないという心持ちでいます。

私は20代のころ、韓国に留学をしたり、漢方医を目指していたので(途中で挫折しましたが)、身体のことや中医学(中国医学)、易学や気功についての多少の知識があります。

ずいぶんと長い期間(20年間ほど)、心や体について関心を寄せてきましたが、そんななかでの私の結論と今の到達した境地とは、健康に関して本当に気をつけるべきこと、その最も根底にくるものとは、「じつは、”食事だけ”で概ねいいんじゃないのか」ということです。

運気と健康と食事


まずは、ちょっと、以下の引用を読んでみてください。私はこれをはじめて見たとき、あまりの大きな衝撃を受けました。

食の多少を見ることで、その人の苦楽、品格、財物、寿命、そして将来の吉凶を知る法を伝えよう。

人というもの、美食大食に耽(ふけ)るようになれば、身体は壊れ、気分も沈みこんでしまう。身辺かならずや貧しくなり、やがて慢心まで生じよう。

美食大食は、血を重くし、気を弱らせ、怠ける心を起こさせる。神の御心に背くとはこのことだ。やがて加護も薄くなり、苦労や禍(わざわ)いから逃れられなくなるだろう。

体を使って仕事をしている者はまた別であるが、粗食で済ませているからといって、大食であったり、量が定まらないというのはとんでもないことだ。

大食というものはなんとも勇ましい。気の強い人に見えるが、そのために人を遠ざける。したがって徳を失うものだ。

人にとって第一の慎みは食である。外に遊興に出かけて散財をして、放蕩に身を任す者であっても、ただ食さえ慎めば、家をつぶしたり、病にかかることもないものだ。長生きもできれば、財産すら築けよう。

なにごとも食が根本だ。その根を十分に守って慎む時は、他のことは枝葉に過ぎぬ。論ずるほどのこともない。食を慎んで遊びに行くがよい。ただ食を慎むだけでよい。万凶万悪を遠ざけることだろう。

小食でありかつ厳重な定まりある者は、たとえひどい運の持ち主であっても、それなりに福があって、また長寿を自分のものにする。暮らし、物事はおおよそ調(ととの)い、老年にはよい思いもするだろう。弱々しい風貌に見えても病気はしない。

小食の者は、おのれの持分の食を日々天地に返し、預けているのと同じだ。だから天命にさしかかっても、その食にはまだ残りがある。食ある限り命あり。死には至らない。

その食が尽きるとき、命も自然と亡びる。私の相法において大切であるのは、その者が持っている運などではなく、ただただ飲食の慎みが保てるかどうかの一点なのだ。

若井朝彦 著「江戸時代の小食主義 水野南北『修身録』を読み解く」より引用要約


このあまりに洗練され、本質をついた言葉を噛みしめると、もはや、世間にありきたりの健康に関する雑多な知識や小手先テクニックなど、論ずるに値しないのではないかと、私は真剣に思っています。

正直、この引用より優れ、的を得ている言葉に、私はいまだかつて出会ったことがありません。

あったら、ぜひ、下記のフォームよりお知らせください。教えてください!!






”食べ過ぎ”が最も、健康によくない。だから、食べ過ぎこそ気をつけてさえいれば、ほかのことは、それほど論ずるに値しないというのが、江戸時代の観相学の大家の結論です。

現代と江戸時代とでは、あまりに環境や文化、時代背景が違いすぎますが、この内容が物事の本質、宇宙の真理であるからなのか、現代に全くもって通用する、そして現代に最も必要なエッセンスのひとつではないのかと、私は思っています。


お墓参りの本当の意味とは

先祖供養と自己肯定


お墓参りの記事を書くはずが、ちょっと横道にそれてしまいました。

先日、お墓参りに連れと一緒に行ってきました。私のお墓参りはシンプルで、「お墓をピカピカに磨いて、日々の感謝を今は亡き先祖にお伝えする」、これだけです。これを年に4回、旧正月(2/2〜2/4)、春分、お盆、秋分を目安に供養します。


昔から、よく聞く不思議な話があります。先祖供養をきちんとする、先祖をきちんと敬うと、いいことがある。不思議とその人の人生や子孫が救われる。血縁が繁栄するといいます。

これは本当ですね。私も嘘偽りなく、そう思います。

だからといって、無理に高い墓石を買えとか、高額の仏壇を用意しろとか、多額のお布施をしてどこかに正統に供養を依頼しろ、などと言っているのではありません。

ていうか、そのなの必要ありません。それらは先祖供養を利用して金儲けを企む輩(やから)の論理です。皆さんは、そんな悪徳商売や詐欺まがいには、決してひっかからないでくださいね。お金の無駄です。

大体、私自身、そんなことはやっていませんが、実業家・投資家としてうまくやれていますし、年収の方も会社勤めで普通に稼ぐ10倍以上はあります。

この手の話には、「”壺”買ったらあなたの人生救われます」とか、「○○百万円かけて、きちんと供養しないと、子供が事故を起こします」なんて類いのものを見聞きしますが、アホらしい。運気の上げ方や功徳の積み方など、ほかにいくらでも方法はあります。

先祖供養に関しては、普通にお墓参りをして、お墓をピカピカに磨いて、お花やお線香を供えたり、きちんと日々の自分の人生についての感謝や、その他の報告等をご先祖さまに真摯に手向ければいいだけの話です。


では、なぜ、先祖供養がそんなにも大切なことなのでしょうか。

  •  先祖を重んじるということは、自分の存在を重んじることそのもの。

  •  先祖の存在や意志や努力なくして、今の自分など決して存在し得ない。

  •  先祖供養とは、自分が今存在し、生きられることに対する感謝の行為そのものであり、自分の幸福に対する決心と感謝の表れのことです。

冷静に考えてみれば誰でも分かることなのですが、先祖を敬わない、感謝をしないということは、自分の存在を軽んじていることにほかなりません。

言葉は悪いですが、「先祖なんか関係ない」といったら、「自分の存在なんか関係ない」と言っていることと同義なのです。だって、ご先祖さまがいなかったら、どうひっくり返っても、自分はこの世に生を授かるはずがないのですから。

ですから、真摯に先祖を敬い、供養し、お墓をきれいに磨くと、脳は「先祖を心から敬い、大切に想っている」と認識します。

それは自己肯定そのものです。先祖の存在が自分自身の存在に否応なしに直結しているからです。

コーチングにおけるセルフイメージやエフィカシーが上がったとしても、何も不思議ではありません。


これは、私が色々な分野を研究していて、勝手にそう感じているだけのことなのですが、どうも、「先祖供養は脳の奥深く、脳幹や魂の領域の何かしらのスイッチを入れ、潜在意識を覚醒させる作用をもつ」のではないかと考えています。

人間には、本能的に、そういった不思議な脳のメカニズムを内在的に誰しも持っている可能性があります。色々な成功者たちの行動や言動を見ていて、つくづくそう感じるのです。

「”家系図”をつくると、成功する」みたいなことを聞いたことがあります。

これも先祖供養のひとつの真摯な形です。十分にあり得ると思います。”お墓みがき”だけが、唯一絶対の先祖供養のやり方ではないはずです。

寸志も忘れずに

お墓参りの際には、「寸志(すんし)」として、「お寺さまにたとえ少しでも、お金をお包みする」ことをおすすめします。

寸志とは心付け、お世話になった方々への御礼や感謝の気持ちを表す「少しばかりの金銭や贈り物」のことです。

ご先祖さまを敬う気持ち、大切さは、上記のとおりですが、ご先祖さまのお墓を置かせていただくのが、墓地の運営者の方々、お寺さまです。

今の時代、昔と違って供養とか○回忌みたいな行事、寸志やお布施などといった習わしがずいぶんと少なく、なくなりつつあるように感じます。合理化社会の誤謬(ごびゅう)といったところでしょうか。

お寺さまの経営は一段と厳しさを増している世の中です。大切なご先祖さまのお墓のあるお寺さまに、寸志くらいの気持ちの余裕は持ちたいものです。

ビジネスで真っ当に成功したいという人が、こういった心遣いをおろそかにして、大成功や繁栄など望めるはずもないのではないでしょうか。ビジネスの基本とは、”相手の幸福と喜びを真摯に願うこと”がその本質なのですから。

こうした、取るに足らない小さな心遣いかもしれませんが、これが積み重なって、相手や自分の心と人生を豊かにする貴重な一歩になるのだと思います。

ブログ読者の方からうれしいメッセージ


いつもブログを熱心に読んでくださる読者の方から、LINEを通じて、とてもうれしいメッセージをいただきましたので、この場を借りて、ご紹介したいと思います。(ブログ掲載の許可は、ご本人さまに承諾をいただいています)

ご機嫌様です!
世界一のブログありがとうございます!
また、見やすく写真も素敵です!

今回あらためて読み返したのは、反省の記事(こちら)です。

わかっちゃいるけど、この反省をしてしまった時期が昨年ありました。かなり長く続き、一気にセルフイメージやエフィカシーも下がり、さらに、エフィカシーを下げる人々に囲まれてしまいました。本当に苦しい日々を過ごしました。
死をも考えてしまうほどでした。今考えると、本当に恐ろしいことです。
杉本さんのブログを読んでいなかったら、最悪の事態になっていたかもしれません。

あらためて感謝します。

先祖からも見放されたと当時は思ったのですが、先日、母親の回忌供養を行うことができました。そして、今回お盆の施餓鬼供養、精霊棚を作りました。亡き両親、ご先祖様へのおもい、感謝する時間を持つことができました。
これまで行ってこなかったことをあらためました。
根本的な自分のセルフイメージもここをクリアすることが大事だなと感じております。

杉本さんのブログを通じて様々な気づきをいただき、重ねて感謝します。

暑い日々が続きますが、どうぞご自愛してお過ごし下さい。

追伸

私ごとで恐縮です。

海大好きの息子が「我ら海の子の絵画コンテスト」で金賞を受賞できました!

これは、国土省や日本海洋少年団などが後援している絵画展なんです。

毎年おこわれており、毎年応募しておりまして、これまで銀賞にとどまっていました。

今年は金賞を目指したいとの本人の願いもあり、ちょうどご紹介いただいた夢を叶えるノート(ノートの紹介ページはこちら)をプレゼントした時期に描きました。

わたしも心から嬉しく、本人も手帳に金賞の文字を書いたと思われます。

ちなみに、銀座の地下のギャラリーで展示されています!

もし、銀座に行くことなどあれは是非展示物をご覧下さい!

子供達の生き生きとした、海の絵は感動しますよ!

場所はこちらです。
今月の9月1日まで開催してます。