ライフィングコミット LINE公式アカウント
健康・身体性

【究極の健康と開運】断食に隠された秘密と驚くべき効果 そのやり方とは?

断食もしくは少食というものは、その意義や効果について触れたことのない人にとっては、さぞ怪訝に感じられることでしょう。

しかし、フランスの諺に「断食はメスのいらない手術である」という言葉があるように、断食にはその驚くべき効果と秘密が隠されているのです。

この記事では、そんな断食のメカニズムと効果についてご紹介したいと思います。

断食に隠された秘密とは?


断食とか少食という食生活のメリットを知らない人にとっては、これらの習慣は理解しがたいものでしょう。

私自身、昔は、断食する人がいると聞いて「何が楽しいんだろう?」とか、菜食主義者の人たちを見て「肉を食べれないなんて、人生の楽しみの1つを捨てているようなもの」などと勘繰ったものです。

しかし、食を何らかの形で慎むということは、実際にやってみると分かるのですが、相当な強い気持ちと覚悟が必要になります。現代では、食とその誘惑に溢れた環境下に誰もが身を置いている時代だからです。こうした環境のもとで、わざわざ食を慎んでいくわけですから、よほどの大きな理由がない限り、それをしようとは誰もが思えないはずです。

食を何らかの形で慎む人たちは、なぜ、それらをわざわざ実行しようと考えるのでしょうか? 慣れてしまえば簡単なのですが、それでも断食などは最初は特に苦行に感じられるものです。

人によって、その答え方はまちまちです。しかし、最も本質的な答えのいくつかをここで挙げるとすれば、以下のようなものが多くの人たちの概ねの理由でしょう。

断食・少食のメリットとは、

  1.  圧倒的なパフォーマンスアップが期待できる
  2.  心がより清々しく、晴れやかな気分になれる
  3.  最高の健康状態が手に入る
  4.  難病を克服できる、血液循環が圧倒的によくなる
  5.  美肌になる、美しいボディー など


さて、どうして断食や少食には、これらの効果が期待できるのでしょうか?

じつは、人間が最もエネルギーを消費し、疲労する行為とは「食事」「食べ物の消化・吸収」なのです。1日3食の消化吸収は、なんと42キロのフルマラソンで消費するエネルギーに相当するそうです。

食べ過ぎこそが最も内臓を酷使し、疲労させ、健康を害します。疲労物質やあらゆる体内毒素、添加物、病因を身体・血液中に蓄積させます。そして、その分解・解毒による疲労と回復のために、睡眠時間を多く費やしてしまいます。

体内でつくられるエネルギーの約8割が消化に使われるといわれるほどである。体にとって最大のストレスが消化だといっても過言ではないのだ。

食べ物には、加工すればするほど消化するのがしんどくなるという原則がある。つまり、自然のもの、生のものほど、消化がラクなのである。さらに、生ものは、それ自体が食物酵素を持っている。消化を助けてくれるわけだ。

食べ過ぎたり、自然のままでない加工された食べ物を食べたりすると、消化・吸収作業はさらに煩雑になり、余計にエネルギーを使わなければならなくなる。

もっともストレスがかからないのは、自然なものをほどよい量だけ食べることなのだ。

山田豊文 著「脳がよみがえる断食力」より引用要約


ですから、食べ過ぎのちょうど逆にあたる断食や少食は、最も胃腸や内臓に休息を与え、血液をはじめとする心身・身体を最大限に浄化し、全細胞を活性化させる機会をもたらします。

断食によって脳が若返ったり、精神が安定したり、五感や記憶力などが向上するのですが、それは断食をすることによって脳細胞がデトックスされ、脳神経の汚れが落ち、血流(血液循環)の改善も相まって酸素と栄養が十分に運ばれ、脳全体が活性化するからです。

メカニズム上、人や動物は空腹時に最も能力を発揮するようにできているのです。

ライフィングコミット 杉本

断食のメリットとは、

  •  パフォーマンスとIQの劇的な向上
  •  五感の鋭敏化
  •  精神の安定とやすらぎ
  •  真の健康
  •  美容と若返り
  •  短眠
  •  食費の節約
  •  運気の改善 など


能力・健康・余裕、時間とお金のすべてが完璧に手に入ることです。

皮肉なことに、金持ちや先進国ほど、不健康や少子化問題が起こります。その最大の要因とは、飽食や美食による身体への負担と酷使から生じるものなのです。

断食のやり方とは?

断食や少食の実践方法には、いくつかのバリエーションがあります。

「1日1~2食(半日断食)」「週末断食(1日断食)」「本断食(3日断食)」など、その人の目標や好みや生活習慣に合った、自然で無理なく実践できるものから模索していけばいいでしょう。

① 1日2食について


「1日2食・間食なし」というのは、半日断食として初心者には特におすすめです。

例えば、昼(12:00)と夜(18:00)とに食事をしたとすると、前の夕食と次の昼食との間には18時間のスキマができます。この胃腸の”空白時間”によって、内臓を十分に休ませることが可能になるのです。

また、「腹8分目」というのも重要なポイントです。それ以上、一度に多くの量を食べてしまうと、消化しきれず、胃腸や内臓に過度の負担がかかり、血液を汚してしまうからです。

人間にとって最も負担になり得る消化・吸収を助けるために、「よく噛んで食べる」習慣も、健康と若返りには不可欠なのです。

たった、この3つのポイントを実践するだけで、身体は驚くほど軽くなり、健康状態は劇的に改善するのです。

腹八分目に病なし。腹十二分に医者足りず。

作者不詳

1日1回食べる人は修行をする人。
1日2回食べる人は人生を楽しむ人。
1日3回食べる人は病人。
1日4回食べる人は人に背負われて火葬場行き。

インドのことわざ

② 玄米食について


現代においては、栄養失調というのはほとんど心配のない時代になりました。数多くの食材や多種多様な食料をスーパーなどで簡単に購入することができるからです。

しかし、より少ない量を食べて胃腸への負担を軽くし、十分な栄養を摂ることを意識するのであれば、玄米食が筆頭に挙がります。

白米(精白米)というのは、大変に美味しく、感触も非常に豊かなのですが、精白(精米)によって玄米にもともとあった豊富な栄養(ビタミン・ミネラル等)は、その多くが削ぎ落されてしまっているのです。

明治に至るまで、ほとんど副食なしの白米を中心とした食生活において、脚気(かっけ)が流行したのはこのためです。

最強の体にやさしいビタミン・ミネラル食というと、玄米と大豆を中心とした食生活がベストということになります。

③ 1日断食について


1日2食に充分に慣れてきたら、10日から1週間に一度、「1日断食」に挑戦してみることをおすすめします。断食日には、丸一日の間、水を飲むだけで過ごすようにするのです。

これが実践できるようになると、それまでとは桁違いの健康と美容、パフォーマンスアップが期待できます。その日一日は心と体の浄化・デトックスと内臓の休息日とするわけですから、日々溜まった内臓や血液中の老廃物・疲労物質が一気に洗い流され、真の健康体を実現することができます。

はじめて1日断食を行うと、なかなかの苦行に感じられたり、飢餓感に襲われることもあるかもしれません。しかし、これも単なる慣れと習慣の問題で、1度成功すると2度目はより容易に、3度目はさらに楽に感じられるようになります。

そうして、一歩一歩着実に真の健康体に近づいていき、本物の強い身体が作られていくのです。じつは断食こそが、開運の最も基本なのです。

食が人生成功の最大のカギを握る。断食をすると開運する。

断食、つまり食べないことが開運につながるのは、食べることが運気を落とすことに結びついているからだ。食べることは、殺すという行為の、いってみれば“おこぼれ”にあずかる行為なのである。それが人間に吉をもたらしたり、運気を高めたりするわけがない。

もちろん、人間は食べなければ生命を維持できない。しかし、だからといって、野放図に食べていいということではないのだ。食べることが罪であれば、できるだけ少なく食べるのがいくぶんかでも罪を減じることになるのは、誰もがわかる道理だ。

そして、ときに節食の究極である断食を行う。食べるという“罪”によって下がっている運気は、“食べないこと”で上向くのである。

断食は、歴史の中を連綿と受け継がれてきた、先人の知恵、成功法則でもあるのだ。昔の預言者たちは脳を澄みわたらせ、神の力により近くで触れるために、必ず、断食をおこなったといわれる。

断食は体内にこびりついている害毒を断ち、脳力を高いレベルに解放する。いくら成功のための指南本を読んでも、自分が変わらないことには、ノウハウを活かしようがない。それよりは断食力で脳をブラッシュアップして、自分の中の成功脳を目覚めさせるほうがずっといい。

ふつうに生きたかったら食べなさい。飛躍的に生きたかったら断食をしなさい。

山田豊文 著「脳がよみがえる断食力」より引用要約

断食の効果を最大限に高める水分補給

断食の本質とは、血液の浄化による全細胞の活性化です。

過食が内臓に対して非常に多くの負担やストレス、疲労物質や体内毒素、あるいは活性酸素を生み出し、血液を汚してしまうわけですから、断食はその逆にあたり、血液や細胞をよりきれいな状態にしてくれます。全身に充分な酸素と栄養が供給されるようにもなります。

そして、断食による血液の自浄作用を最も効果的に高めてくれるのが、「きれいな水による水分補給」なのです。水による十分な水分補給によって、血液の汚れが洗い流されるイメージを持つと分かりやすいかもしれません。

断食の本質が血液浄化であるのなら、きれいな水による水分摂取をしっかりと行うことで、断食による血液の浄化がより効果的に行われるのは、誰でもイメージできる自然な発想と言えるでしょう。


人によって職種や運動量、生活環境や気候は異なりますが、概ね、1日に水を1.5~2リットルほど摂取するとよいとされています。

現代社会では、水分補給を水以外でしている人が多い印象を受けます。

しかし、例えば、黒いコーヒーを飲んでも尿が黒くならないのは、それを肝臓や腎臓が分解したり、濾過している証拠です。

その点を考慮すると、最も血液を浄化し、内臓の負担を軽くし、身体にやさしい飲み物というのは、”水”であることが分かります。


アファメーション例文

私は、食事に対して深い感謝の気持ちを持って向き合っている。よく噛んで、一つひとつを丁寧に味わい楽しみながら、できるだけ「素食」「1日1~2食」「腹8分目」「月曜断食」「水による水分補給」にすることで、血液を浄化し、脳と身体を澄み渡らせ、清々しい気分とともに、最高のパフォーマンスを発揮している。

※ アファメーションの表現する内容は、無理してまで守って実践しようと努力してはいけません。単に潜在意識に対して無邪気にアファメーションを投げかけ、徐々に自分と潜在意識を新しい環境と習慣に馴染ませていくようにするのがコツです。

断食の効果を最大限に高める運動

人生において成功するために、神は人に2つの手段を与えた。「教育」と「運動」である。

しかし、前者によって魂を鍛え、後者によって体を鍛えよ、ということではない。両者の両立によって、魂と体の両方を鍛えよ、というのが神の教えである。

この2つの手段によって、人は完璧な存在となる。

プラトン(古代ギリシャの哲学者、紀元前427~347年)

アファメーション例文

私は筋肉をゆるめリラックスし、身体をほぐして十分な運動とともに、全身のよりスムーズな循環と代謝を促している。私の全細胞の隅々まで酸素が満遍なく行き渡り、私は日々最高のパフォーマンスを発揮することで真の健康と豊かさを享受している。

名言集

① 食と健康

五体いずこなりとも患いあらば、まず食を断つべし。

釈迦(仏教開祖)

腹八分に医者いらず、腹六分で老いを忘れる、腹四分で神に近づく。

ヨガの教え

いつもうっすら飢えている状態が動物にとって望ましい状態だ。

西丸震哉(食生態学者、エッセイスト、探検家)

断食は肉体の重力を断ち、精神を神へと解放する。病気の多くは栄養失調からではなく、過食からくる。

トマス・アクィナス(神学者、哲学者)

自然が命じている単純な食生活へ戻ることである。つまり、生命を支えるのに最小限の量で満足するよう、自らを習慣づけることが大事だ。

飽食はいかなるものでも病気の原因となり、死期を早める。飽食ほど身体に打撃を与えるものはない。

食事の回数を1日1度に限ってはいるものの、その1度の食事では満腹するまで食べる者たちがいる。これも消化という点からすると適切ではない。

1度に大量の飲食物をとると、胃はこれを消化できないので、悪気を生じ、血液を汚す結果となる。それゆえ、彼らの寿命も長くはない。

私は満腹感を覚えるまで食べたり飲んだりすることはなく、常に食欲を少し残した状態で食卓を離れることにした。精神的な困難も節食による心身の活力で克服した。

多くの賢者が飲食を節してきたのだ。食をよく節すれば、病気になることはない。じつに、宇宙の法則が節食の習慣を支持している。

飲食をしかるべく慎む者は、鋭い五官、冴えた頭脳、丈夫な肉体、優れた記憶力、軽やかな挙動、これらすべてに恵まれ、また精神的には、地上的な重圧から解き放たれて、本来の自由さを存分に味わう境地に入ることができる。

すなわち、その生涯には、心と体の両面において、現世で得られる最大限の幸福が訪れるのである。

健康・長寿の方法としては唯一、飲食を最小限にして規則正しく生きる以外にないということが言えるだろう。

ルイジ・コルナロ 著「無病法」より引用要約

② 食と健康 その2

少食実行者の体質変化で注目されるべきものに、睡眠時間の短縮があげられます。それまで毎晩、8時間眠らなければならなかった人が、5〜6時間の睡眠で足りるようになった、というのです。

過食によって、胃腸をはじめ、肝、心、腎などに負担が増大することは疑う余地がありません。それによって必要以上に疲れ、その疲労を回復するために当然、睡眠時間が長くなると考えられます。

真の健康体であれば、一食か二食抜いた場合の空腹時が最も快調なのです。

もし、一食なり二食を抜いただけで、脱力感が現れる人は、胃下垂症か潜在性糖尿病か、あるいは、その他、何らかの病的状態にあるものとみて間違いありません。真の健康体に近い人であれば、一食や二食抜いたからといって、決して力が抜けたり冷や汗が出たり、目まいがしたりするものではありません。

私は長年にわたる多数の臨床例から、難病を克服する秘訣は、この少食(正食)の実行にあることを確信できるようになったわけです。

甲田光雄(医学博士)

私たち現代人は、現代栄養学の影響で、食べないと体に悪いという観念を刷り込まれています。午前中の活動のエネルギーを確保するために、朝食は絶対に食べなければならない、というのもその一つです。

ところが、人類は空腹にはとても強い動物なのです。それは、次のことから明白です。

空腹になると、人間の体には、内分泌ホルモンが五種類(アドレナリン、グルカゴン、成長ホルモン、甲状腺ホルモン、副腎皮質ホルモン)も出てきます。このことは、空腹という状態に対して、防衛手段が五つも重なっているといえます。

人類の歴史は、満腹の時代よりも飢餓の時代のほうが圧倒的に長く、たとえば日本の場合、満腹の状態はここ数十年のことなのです。人類史上初めての出来事といえるでしょう。

そして、満腹状態は、飢餓の歴史が長かったために、遺伝子的にはあまり想定されていなかったことなのです。

満腹のときは血糖値が上がりますが、それを下げるために分泌されるホルモンはインスリンしかありません。満腹の状態が続くと、インスリンが出る機会が多くなり、そのため、インスリンを分泌する膵臓は疲れてしまいます。

そして、その状態が一定期間続くと、ついには、膵臓はインスリンを出せなくなり、糖尿病になってしまいます。

このように私たちの体は、満腹を続けることによって、いとも簡単に破綻してしまうのです。

血糖値を下げるホルモンが一種類であるのに対し、血糖値を上げるホルモンが五種類あるという事実が、私たちの体は食べ過ぎに適していないことを表しています。

言い換えると、私たちの体は食べ過ぎに耐えられません。だから、糖尿病や心筋梗塞、脳梗塞、ガンなどの生活習慣病を増加させるのです。

山口康三 著「白内障・緑内障が少食でよくなる」p48ー49より引用

③ 食と運気

人は食によって成り立つ。たとえどんな良薬を使ったとしても、食なしに命を保つことはできない。それゆえ人にとって本当の良薬とは食なのだ。

食の多少を見ることで、その人の苦楽、品格、財物、寿命、そして将来の吉凶を知る法を伝えよう。

人というもの、美食大食に耽(ふけ)るようになれば、身体は壊れ、気分も沈みこんでしまう。身辺かならずや貧しくなり、やがて慢心まで生じよう。

美食大食は、血を重くし、気を弱らせ、怠ける心を起こさせる。神の御心に背くとはこのことだ。やがて加護も薄くなり、苦労や禍(わざわ)いから逃れられなくなるだろう。

また美食ばかりで働くことをしない者には、癇癖があらわれる。塞ぎ込んだり、また怒りちらしたり、そうかと思えば性欲の虜になる。豊かな家に育って、子供時分より怠惰美食だった者はなおさらだ。

おいしいものを十分に食べるということは、大いに命を損なう。だから豊かで地位のある家の者だからといって、長命とは限らない。逆である。

美食が短命をつくり、粗食が自然と長命をつくるのである。酒肉美食をたしなむ者は、気づかぬ内に心身を損ねている。そのため活気を失い、知らず知らず命を縮めているのだ。

まったく心を濁らせるものは肉食である。だから肉を食した後の心は、清らかさを失っている。また青物を食した後は、自然と心が清い。

もっとも肉を食べるといっても、慎みをもって多く食べるのでなければ、心は濁るものではない。またたいていの人は、食の量を定めているつもりでも、肉があれば自然と食がすすんで、思わず食べ過ぎてしまう。これは肉が心を濁らせるからだ。

酒というものは、少したしなむときは、気分をよくして、血をめぐらせるものだ。だが量が過ぎれば、必ず命にも障るようになる。

酒肉を避けていても、美味を多く食し、また大食する者は、みな濁肉となって、生涯出世発達がない。大食をして満腹になった後は、気が鈍り、眠気がやってくる。目覚めてもけだるく、頭も重い。

だから大食をする者は、みな濁肉となって、一生を通じ、事を果たす者にはなれない。

体を使って仕事をしている者はまた別であるが、粗食で済ませているからといって、大食であったり、量が定まらないというのはとんでもないことだ。大食というものはなんとも勇ましい。気の強い人に見えるが、そのために人を遠ざける。したがって徳を失うものだ。

もっとも食事の量を減らしていて、その量が守れる者だったら、青物や野菜をたくさん摂ったからといっても、障りにはならない。

飲食に節を設けている人は、それだけで善相だと言えよう。それができないということがすなわち悪相である。この節とは腹八分のことである。

食に定まりある者は、身辺が治まっていて、心にも落着きがある。その落着きがあれば、たいていの事は順調に運ぶものだ。

食に変化が多く、定まりがない者は、患まれた相貌であっても危ないものだ。何事も落ち着かず、将来は見通せず、その上に慎みも保てないのなら、とても平穏な一生にはならないだろう。不如意の者はその境遇が続き、これは成るぞ、と思われた物事であっても、たいていはハ九分のところで、その話は崩れてしまうものだ。

食がいつも厳重に定まっている者からは、それだけでその人の清さ、誠が伝わってくる。これもまた、食というものが生みだす自然な徳だと言えよう。

小食でありかつ厳重な定まりある者は、たとえひどい運の持ち主であっても、それなりに福があって、また長寿を自分のものにする。暮らし、物事はおおよそ調(ととの)い、老年にはよい思いもするだろう。弱々しい風貌に見えても病気はしない。

小食の者は、おのれの持分の食を日々天地に返し、預けているのと同じだ。だから天命にさしかかっても、その食にはまだ残りがある。食ある限り命あり。死には至らない。その食が尽きるとき、命も自然と亡びる。

以上の通りだ。私の相法において大切であるのは、その者が持っている運などではなく、ただただ飲食の慎みが保てるかどうかの一点なのだ。

若井朝彦 著「江戸時代の小食主義 水野南北『修身録』を読み解く」より引用要約

「コーチング・セッション」 受付中!!

「コーチング・セッション」とは、あなたと私が1:1で直接対面セッションを行い、スムーズに「ゴール設定」と「ゴール達成」を実現するための「マインドの上手な使い方」をお伝えするものです。

「オンライン・セッション」も承っております。

お申込はこちら